■「戦後民主主義が立脚してゐる人命尊重のヒューマニズムは、ひたすら肉體(にくたい)の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問はないのである」(三島由紀夫『革命哲學としての陽明學』)
東京・市谷の陸上自衛隊に乱入、要人を人質に取り、自衛隊員にむかって決起を促す演説をするが、受け入れられず、割腹自殺-。世界的作家、三島由紀夫が昭和45(1970)年のきょうの白昼、狂気とも呼ぶべき行動を取った。
冒頭の評論はその3カ月半前、月刊誌『諸君!』に発表された。いまは埃(ほこり)をかぶっているが、「行動がなければ認識すらない」という陽明学的な行動原理が日本人の心の中にひそむ限り、「これから先も、西欧人にはまつたくうかがひ知られぬやうな不思議な政治的事象が、日本に次々と起る」-。この日を予告するかのような一節が文中にみえる。
日本文学研究の第一人者、ドナルド・キーン氏の近著『私と20世紀のクロニクル』によると、悲劇はその2年前、三島の"師"、川端康成のノーベル文学賞受賞に遡(さかのぼ)ることができる。川端のあと、日本人の受賞は少なくとも20年はない。三島はそれを待てなかった。また「ノーベル賞作家」の名声にそぐう作品を書けなくなった川端も、2年後に三島の後を追う。キーン氏は作家、大岡昇平の悲痛なことばを記している。
≪ノーベル文学賞が三島と川端を殺したのだ≫
出典 MSN産経ニュース
今日東京芸術座の演劇「怒れる12人の男たち」を鑑賞した。開演するまでは大いに期待していたし楽しみにもしていた。が、最初の5分で結果がみえてしまい、実際そういう内容だった。演じておられた俳優さんの迫真の演技には感動したが、ストーリーは実に薄っぺらいものだと感じた。個人の話ばかりに終始したこの演劇、、、確かに「生きる」ということに執着することの一面をはっきり見せてくれた。
そしてあらためて、覚悟の憂国忌を思い、生きる勇気が湧いてきた。

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